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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)141号 判決

控訴人 高浜卯右衛門

被控訴人 関西汽船株式会社 外一名

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人等は各自控訴人に対し金三十万円ならびにこれに対する昭和二十三年二月四日以降完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、他の一を被控訴人等の各負担とする。

この判決は控訴人において各被控訴人に対し金九万円の担保を供するときは第二項に限り仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

控訴人がその所有する機附帆船天神丸の船長であつて、昭和二十三年一月三十日午後三時二十五分乃至三十分頃これに乗船して岡山県児島市下津井瀬戸久須見鼻沖の燈標附近を航行中被控訴人会社の所有にかかり且被控訴人万城国一が船長として乗船していた機船第二備讃丸に衝突したことは当事者間に争がない。

控訴人は右衝突が被控訴人万城国一の過失に基因することを主張し、被控訴人等はこれを否認するので、まずこの点について審判する。

原審証人富永広の証言により真正に成立したと認める甲第一号証、同証言、成立に争のない甲第二乃至第五号証、第九、第十一号証、乙第一号証の各記載の一部、甲第十、第二十六乃至第二十九号証、原審証人金田棟彦の証言およびこれにより真正に成立したものと認める甲第八号証、原審及び当審証人高浜博己の証言の一部、原審証人石田正義の証言、原審及び当審における控訴人及び被控訴人万城国一各本人の供述の一部、原審検証の結果(第一、二回)、を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち、

天神丸は重量トン数七六トン(鑑札面上は総トン数一九・七七トン)、船長二七メートル、船幅六メートル、無注水式焼玉発動機三〇馬力一個を有し、その操舵器は長さ三・六メートルの舵柄にテークルをつけロープで引つ張る仕組になつている。当時同船は燐鉱石七六トンを積み船首七フイート、船尾六フイート半の表脚で神戸港から兵庫県家島港経由、岡山県神島港に赴く途中であつた。天神丸は当日午前五時頃家島港を発し神島港に向つたが、午後二時五十五分頃堅揚島燈浮標を右舷約二〇〇メートに見て通過し、久須見鼻と松島の中間ほぼ中央に向け時速三浬半の全速力で進んだ。控訴人は平素の航海のとおり久須見鼻附近のワイ潮(時速約一浬の西流)を利用するつもりで針路を久須見燈標にとつたところ、同燈標の手前東二分の一南五五〇メートルばかりのところで右舷正横一、二五〇メートル程の個所にこちらに向つて南下して来る第二備讃丸を認めた。第二備讃丸は総トン数八三・〇五トン、船長二二・八六メートル、船幅四・八八メートルを有し岡山県田口港から同県下津井港経由、香川県丸亀港に至る定期旅客船であつて、当日午後三時頃旅客十五名を乗せ田口港を発し時速七浬四分の三の全速力で陸岸沿に南下し下津井港に向つていた。やがて天神丸は久須見鼻を右舷三〇メートル位の距離で通過し久須見燈標に接近した。第二備讃丸は天神丸の二倍位の速力であるため天神丸との距離を次第にちぢめ天神丸より少し遅れて久須見鼻を廻航し、天神丸と同様久須見燈標に向け進航した。この燈標附近には前記ワイ潮(西流)と東流との複雑な潮流があるが、当日午後三時半頃は、晴天、殆ど風なく、潮流は東流のほぼ中央期であつてその時速約三浬半の状態であつた。控訴人はこの附近の複雑な潮流の様相を心得ていて、西流の場合には船舶がワイ潮から東流にはいると船首を一旦左に叩かれるが、右舵を取つて抗し続ければ約三〇メートル流された後には船首を元の方向に復し得ることを知つていたので、この時もその様な状態になるだろうことに何等の危惧をも抱かなかつたが、第二備讃丸は天神丸に迫り天神丸を追い越す態勢となつて追突の危険が生じたので、控訴人及び同人と共に舵を取つていた高浜博己や福田清一らは交々手を振り「あらけろ(距離間隔を置けとの意味)」と叫んで合図をしたが、被控訴人万城国一はこれにこたえず、そのまま進行した。その頃控訴人は天神丸の船首が前記の如く東流(時速約三浬半)にはねられることに備え右高浜博己及び福田清一の両名と協力して右舵いつぱいにとつていたけれども、力及ばず、その船首を東流にたたかれ、天神丸は急に左転した。被控訴人万城国一は衝突の危険を感じ咄嗟に第二備讃丸の左舵をとると共に機関を停止したが間に合わず、天神丸の船首は左転後約十五秒で久須見燈標から南東四〇メートルばかりの個所で天神丸の左舷に近接並進して天神丸を追い越す態勢にあつた第二備讃丸の右舷ほぼ中央部へその後方から左舷を六、七点の角度で衝突した。

右認定に反する甲第二乃至第五号証、第九、第十一号証、乙第一号証の各記載の一部、乙第二乃至第四号証、原審証人桐山恂一、難波虎市の各証言、原審及び当審証人高浜博己の証言の一部、原審及び当審における控訴人及び被控訴人万城国一の各供述の一部は措信し難い。

被控訴人等は天神丸が本流にはねられてから、操舵を誤まり左舵を取つたためその船首は一三五度も回頭し、第二備讃丸の前方から直角に近い鋭角で第二備讃丸の右舷側に衝突し、結局天神丸の右舷側と第二備讃丸の右舷側とがすれ違いの方向で突き当つたもので、その場所は久須見鼻燈標南東約二五〇メートルあたりであると主張し、甲第四、五、九号証、乙第一乃至第四号証の各記載、原審証人桐山恂一、難波虎市の各証言、原審及び当審における被控訴人万城国一本人の供述中には右主張に副う部分があるけれども、これらは前掲甲第二、第三、第十一号証、原審及び当審証人高浜博己の証言、原審証人石田正義の証言、原審及び当審における控訴人本人の供述と対比し、また船長二七メートルの天神丸が被控訴人主張の如く半回転するには相当の時間のかかることおよび当時第二備讃丸が七節四分の三の全速であつたこと等を彼此あわせ考えれば、たやすく措信し難く、他に前示認定を覆して被控訴人等の主張を認め得る証拠はない。

前示認定によれば本件衝突は天神丸が東流に船首をはねられて左転した結果起つたものではあるが、これを追い越す態勢にあつた第二備讃丸の船長たる被控訴人万城国一は本件現場附近航行の経験から天神丸のような小型低速船がかような左転現象を受けることを熟知していたのであるから、被控訴人船は天神丸にかような左転現象が起きてもこれと衝突するおそれのない程の距離間隔を保つて進航すべき義務があるのに拘らず、その措置をとることなく、かつ、控訴人等からもつと距離間隔をおくようにとの合図を受けたにも拘らず、意に介せず、天神丸に左転現象が起きてもこれと衝突するようなことはあるまいと漫然軽信して航行を続け天神丸に接近して行つた。この点に被控訴人万城国一の過失があるものというべきである。

されば被控訴人万城国一は船長として、被控訴人会社は船舶所有者として、商法第六百九十条に基き、各自右万城が本件衝突によつて控訴人に与えた損害を賠償する責に任ずべきである。

控訴人はその損害として次のとおり主張する。

(イ)、金四十七万四千六百円………………天神丸は衝突の結果一時附近の砂地に坐洲したが結局船体は切断されて使用不能となつた。当時天神丸はその船体、機械器具共で金五十万円相当の価格があつたから、それだけの損害を被つたところ、後に金一万五千四百円相当の機械器具を救い上げ、金八千円を支払つてこれを運搬し、かつ、その後これを他に金一万八千円で売却したので、損害は結局金四十七万四千六百円となる。

(ロ)、金八千円………………本件衝突に因り流失した重油八十罐(一罐は十八リツトル入)の当時の時価。

(ハ)、金千二百円………………本件衝突に因り流失した燈油一罐の当時の時価。

(ニ)、金千百九十二円五十銭………………本件衝突に因り流失した米三斗(四十五瓩)の一瓩金二十六円五十銭の割合による価格(当時の公価)。

(ホ)、金七百九十五円………………本件衝突に因り流失した麦二斗(三十瓩)の一瓩金二十六円五十銭の割合による価格(当時の公価)。

(ヘ)、金二千五百円………………本件衝突により水浸しになつた天神丸積載の燐鉱石を救い上げるについて要した費用。

(ト)、金一万円………………右救上燐鉱石を衝突現場から神島港まで運搬するに要した費用。

(チ)、金六千円………………本件衝突に因り控訴人はその海上運送事業の経営上水夫福田清一を解雇するに至つたが、その解雇に際し同人に支給した月給二ヶ月分に相当する解雇手当。

(リ)、金一万五百十八円………………控訴人が被控訴人会社に対し昭和二十三年二月四日本件衝突に因る損害賠償を請求したけれども拒絶されたので、本訴提起を準備する目的で社団法人日本海事検定協会に現場の潮流等の調査を委嘱したが、これに支払つた調査料。

(ヌ)、金三万円………………控訴人に対する海難審判事件の補佐ならびに本件訴訟代理を村井祿樓に委任するに当り同人に支払つた着手金。

(ル)、金二万円………………右村井祿樓が調査の為二回に亘り現場に出張した際同人に支払つた旅費。

合計金五十六万四千八百五円五十銭。

よつて逐次審按する。

(イ)  天神丸が本件衝突の結果使用不能となつたことは当事者間に争がない。よつてこの使用不能の状態が控訴人主張の様に衝突と因果関係あるものか、或は被控訴人等主張の様に、天神丸が衝突後坐洲している間に干潮となり、控訴人が天神丸内に残置した積荷の重量の為船体が破壊されたので、衝突と因果関係のないものかどうかについて考察する。天神丸が坐洲したこと、天神丸内に積荷の一部分が残置されたこと、天神丸の船体が干潮時に破壊したことは孰れも控訴人の明に争わないところである。かような事態の経過にあつては衝突、坐洲かつ積荷の残置、干潮、船体破壊即ち使用不能の一連の現象は特別の事情のない限り因果関係のあるものと認めるのを相当とする。即ち使用不能は衝突に因つて招来された結果であるというべきである。使用不能は専ら積荷の残置に因る結果であり、衝突とは関係がないという被控訴人等の主張は妥当を欠く。

そこで控訴人は天神丸の衝突当時の時価に相当する損害を被つたわけであるから、右時価について案ずるに、控訴人はこれを金五十万円と主張し、甲第十八号証にはその主張に副う記載があり原審証人田中長七はこれを裏付ける証言をするけれども、原審ならびに当審における控訴人本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨に照らしていずれも右主張事実を認める心証をひかず、原審証人小島銀蔵、柴田弥七郎、原審における控訴人本人の各供述に成立に争のない乙第五号証を彼此綜合し、それは金三十万円と認めるのを相当とする。

そして右船体からロープ、錨、航海燈等の器具を取り外し、運搬賃八千円を支払つて運搬した上、これを金一万八千円で他に売却したことは控訴人の自認するところであるから、この一万円を差し引くときは控訴人は結局金二十九万円の損害を被つたことになる。

(ロ)  原審証人高浜博己の証言によると天神丸は本件衝突に因りその積載していた重油八十罐(一罐は十八リツトル)を流失したことを認め得べく、昭和二十二年七月十八日物価庁告示第四〇八号によると当時その公定価格は一罐につき約七十一円三十三銭であることが明であるから、控訴人は約金五千七百六円の損害を被つたことになる。

(ハ)  この主張を認め得る証拠はない。

(ニ)  原審証人高浜博己の証言によると天神丸は本件衝突によりその積載していた米三斗(四十五瓩)を水浸しにしたことを認め得べく、昭和二十二年十一月一日物価庁告示第九六〇号によると当時その公定価格は一瓩につき約金十四円八十四銭であることが明であるから、控訴人は約金六百六十七円の損害を被つたことになる。

(ホ)  原審証人高浜博己の証言によると天神丸は本件衝突によりその積載していた麦二斗(三十瓩)を水浸しにしたことを認め得べく、昭和二十二年十一月一日物価庁告示第九六一号によると当時その公定価格は一瓩につき約金十二円六十銭であることが明であるから、控訴人は約金三百七十八円の損害を被つたことになる。

(ヘ)  原審における控訴人本人の供述により真正に成立したと認める甲第十九、第二十一号証、同供述、原審証人藤本実五郎、金田棟彦、難波亀吉の各証言を綜合すると、天神丸が衝突当時積載していた前示燐鉱石七十六トンは食糧貿易公団が神島港まで運送を委託したものであつて、その内海中に流失したものを除き約十五トンを救い上げることができたが、控訴人においてその救い上げにつき難波亀吉に人夫賃二千五百金を支払つたことを認め得るから、控訴人はそれだけの損害を被つたことになる。

(ト)  前示甲第二十一号証、原審における控訴人本人の供述により真正に成立したと認める甲第二十号証、同供述を綜合すると、控訴人は右救い上げた燐鉱石を衝突現場から神島港まで運搬し、その運搬賃九千八百五十円を昭和二十三年二月十日支払つたことを認め得るから、控訴人はそれだけの損害を被つたことになる。

(チ)  原審における控訴人本人の供述により真正に成立したと認める甲第二十二号証、同供述を綜合すると、控訴人は本件衝突後その水夫福田清一に金六千円を支払つたことを認め得るに止まり、それが解雇手当であることならびにその解雇と本件衝突との間に因果関係の存することはこれを認め得る証拠はない。結局右は本件衝突により控訴人が被つた損害とは認め難い。

(リ)  原審証人富永広の証言により真正に成立したと認める甲第二十三号証の一、二、同証言、成立に争のない甲第十四号証、前掲甲第一号証を綜合すると、控訴人が昭和二十三年二月四日被控訴人会社に対し本件衝突に因る損害賠償を請求したところ拒絶されたので、訴訟提起を準備する為社団法人日本海事検定協会に本件現場の潮流等に関する調査を委嘱し、同協会員富永広は昭和二十三年六月十、十一日に亘りこれを調査し、控訴人は同年七月二十一日同協会にその調査料金一万五百十八円支払つたことを認め得るから、控訴人はそれだけの損害を被つたことになる。

(ヌ)  前示藤本実五郎の証言により真正に成立したと認める甲第二十四号証、同証言を綜合すると、控訴人はその海難審判事件の補佐を村井祿樓に委任し同人に対してその着手金として三万円を昭和二十三年五月十四日交付したことを認め得るから、控訴人はそれだけの損害を被つたことになる。

(ル)  前示藤本実五郎の証言により真正に成立したと認める甲第二十五号証の一、二、同証言を綜合すると、控訴人は右村井祿樓に対し同人が昭和二十三年五月二十九日、三十日、六月十、十一、十二日現場に出張して調査した費用として同年六月三十日金一万円を支払つたことを認め得るから、控訴人はこれだけの損害を被つたことになる。

合計金三十五万九千六百十九円

他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

しかしかような損害を生じたことにつき控訴人に過失があるかどうかについて考えてみると前認定の如く天神丸が東流にたたかれて後なお左舵を取つた事実は認められないけれども、同船を坐州せしめた個所を誤つたため干潮に際しそれが岩に乗り上げ積荷の重さで船体が折れて了つたことは、原審証人高浜博己、原審における控訴人本人の各供述によりこれを認めることができるので、賠償額を定めるにあたつてはこれらの点を考慮して三十万円と認定するのを相当とする。

されば控訴人の本訴請求は被控訴人等に対し各自金三十万円ならびにこれに対する本件衝突(不法行為の時)の以後である昭和二十三年二月四日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、これを認容すべきも、その余の部分は理由がなく、これを棄却すべきである。

右と異り控訴人の請求を総て棄却した原判決は一部失当であつて右の様に変更を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第九十二条、第九十三条、担保を条件とする仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 三好昇 高橋雄一)

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